ラコステサンバイザー
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【ラコステサンバイザー】ルネ・ラコステは、フランス・パリ出身の男子テニス選手です。フルネームはジャン・ルネ・ラコストといいます。同僚のフランス人選手アンリ・コシェ(1901年 - 1987年)、ジャン・ボロトラ(1898年 - 1994年)、ジャック・ブルニョン(1895年 - 1978年)の4人を合わせて、フランスの「四銃士」(Les Quatre Mousquetaires)と呼ばれました。「四銃士」という呼び名は、アレクサンドル・デュマ・ペールの有名な小説『三銃士』(Les Trois Mousquetaires)にちなんでつけられたものです。【ラコステサンバイザー】
【ラコステサンバイザー】彼は今日では、ワニのマークで有名な「ラコステ・ブランド」の創設者としてよく知られています。その粘り強いプレースタイルからつけられたニックネーム「ワニ」(The Alligator, または Crocodile)にちなんで友人が描いたワニの絵は、ラコステのトレードマークとなりました。娘のカトリーヌ・ラコストはプロゴルファーであり、1967年の全米女子オープンゴルフではアマチュア選手としての優勝者になりました。【ラコステサンバイザー】
【ラコステサンバイザー】ルネ・ラコステは15歳からテニスを始めたが、富裕な自動車製造業者であった父親から「テニスをするなら、世界チャンピオンになる目標を5年以内に達成しなさい」と言われたといいます。1923年から男子国別対抗戦・デビスカップのフランス代表選手となり、コシェ、ボロトラ、ブルニョンに加わって「四銃士」の仲間入りをします。ラコステの4大大会初優勝は、1925年のウィンブルドン選手権でした。この年には全仏選手権(現在の全仏オープン)でも初優勝を果たしています。この年から全仏選手権は国際大会となり、フランス人以外の選手にも出場資格が与えられるようになりました。それからラコステは4大大会のシングルスで、全仏選手権3勝、ウィンブルドン選手権2勝、全米選手権(現在の全米オープン)2連覇を達成し、通算「7勝」を挙げました。しかし1929年の全仏選手権決勝で、同僚のジャン・ボロトラを 6-3, 2-6, 6-0, 2-6, 8-6 で破って3度目の優勝を成し遂げた後、ラコステは結核のため25歳で突然の引退をしました。【ラコステサンバイザー】
【ラコステサンバイザー】引退から4年後に、ラコステはポロシャツのデザインに着手します。当時フランス最大のニット衣料品製造会社を経営していた実業家、アンドレ・ジリエの協力を得て、自分の種目であるテニスだけでなく、ゴルフやセーリングなど種々のスポーツ種目を対象にしたポロシャツのデザインを手がけました。ラコステの夫人となったシモーヌ・ティオン・ド・ラ・ショームが「全英女子ゴルフ選手権」の優勝者であったことから、ゴルフウェアも彼のライフワークとなりました。1933年に創業した「ラコステ・ブランド」は、画期的なスポーツ・ウェアとして早くから高い評価を集め、世界のトップブランドに躍進しました。【ラコステサンバイザー】